平清盛ゆかりの地。神戸、京都、三重、広島へ。

近場で遊覧in福原京|平清盛ゆかりの地を行く

平清盛が平安京から都を遷した神戸(旧:福原京)は、清盛ゆかりの地として数々の名所が存在します。中でも近場で遊覧できる、観光地を巡ってみましょう。

ぐるっと一周!近場の観光スポットを満喫

福原京お散歩map神戸では、徒歩7~15分間隔の所に観光スポットが存在します。
健康を兼ねてウォーキングでもしながら、楽しく観光スポットを巡ってみませんか?下の順番で観光すると上手く周れるので、オススメです。

 
 
 

荒田八幡神社(あらたはちまんじんじゃ)

地下鉄「大倉山駅」から徒歩15分の所にあります。以前は、荒田神社という名前でした。明治に入って神仏分離令が出た際、すぐ南西にある宝地院の境内に祀られていた、八幡社との神仏習合を避けるため、移転することになったのです。明治31年(1898年)、離れた飛地境内に移転して境外社とする、合祀(ごうし)を行い「荒田八幡神社」と改称されました。
この神社は、応神天皇(おうじんてんのう)と素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祀っており、厄除の神として有名です。1月18・19日の厄除大祭には、多くの方々が訪れます。

「安徳天皇行在所址の碑」画像この神社が建つ前は清盛の弟である、池大納言平頼盛の山荘があったようです。治承4年(1180年)6月3日に福原が遷都した際、この山荘を安徳天皇の行在所(あんざいしょ(皇居))にしたのです。翌日は「雪見御所」と呼ばれる平清盛公の邸宅に移りました。そのため、境内には安徳天皇行在所址の碑や、昭和55年6月3日に建てられた福原遷都八百年記念の碑があります。

 

祇園神社(ぎおんじんじゃ)

祇園神社の画像荒田八幡神社から歩いて15分(900m)の所に祇園神社があります。坂を3分登った所にあり、神社からは街や海が見渡せるのです。
経ヶ島を築造する際、清盛が神社の裏山にあった、潮音山上伽寺(ちょうおんざんじょうがじ)で海潮の響きを聞きながら計画を練った、と伝えられています。素盞嗚尊と櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)を祀っている神社です。

祇園まつりの画像毎年7月13日~20日頃までの8日間、「祇園まつり」が開催されます。初日は朝11時に神事がスタート、毎晩18~21時まで神楽が奉納されます。笛や太鼓の音に包まれながら、厳しい夏に疫病や水難から逃れて無事過ごせるよう、祈願するのです。約8万人の方が参拝する、大きな行事です。境内や周辺の道路では、約150軒の露店で大変賑わいます。

雪見御所旧跡(ゆきみごしょきゅうせき)

雪見御所旧跡の画像雪見御所旧跡は、祇園神社から徒歩7分、500m地点の所にあります。石井川と天王谷川の合流点に位置しています。清盛が太政大臣の職を辞した後に移り住んだ、と言われている別荘「雪見御所」の跡地に建てられた石碑です。御所の庭に使われていたとされる石を使用しています。明治41年(1908年)、雪見御所旧跡の隣にある、湊山小学校(旧:雪見御所)の校庭からは、土器や礎石が発掘されたため、記念石碑が建てられました。

太政大臣の官職を辞していた仁安4年(1169年)の春以降、清盛は良い景色が楽しめる摂州平野に移り住みました。この事実は、清盛が朝廷への上申にあてた文面から確認できます。

氷室神社(ひむろじんじゃ)

氷室神社は雪見御所旧跡から徒歩15分、1kmの所に位置しています。この神社は、平通盛(みちもり)と妻の小宰相局(こざいしょうのつぼね)が別れた地と言われています。源平合戦の際は、平教経(のりつね)が氷室神社を陣取ったため、岩の間などから涌き出る清水は「陣場の井」と呼ばれていました。
また、神社の近くには平教盛(のりもり)の別邸があり、そこでは後白河法皇が幽閉されていたようです。

熊野神社(くまのじんじゃ)

熊野神社の画像氷室神社から徒歩7分、500mの所にある熊野神社は、国生み(くにうみ)神話の主人公である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冊尊(いざなみのみこと)の二神を祀っています。
この神社では、清盛が福原遷都の際、怨霊から守る王城鎮護をするために紀州熊野権現((くまのごんげん)別名:熊野大神。熊野三山に祀られている神)を他の神社に移す「勧請」を行いました。

氷室神社は、紀州熊野権現と同じ南東を向いており、地元では「東向きの権現さん」と言われ親しまれています。また、大正7年(1918年)の調査の際は、付近の地下から土器の中から貝のブレスレットが大量に出土。先史時代から人が住んでいた形跡のある場所なのです。

願成寺(がんじょうじ)

願成寺の画像願成寺は、熊野神社から徒歩15分の所にあります。地下鉄「湊川公園駅」・神戸電鉄「湊川駅」が最寄りです。以前、願成寺は鳥原水源地の東にありましたが、明治になって鳥原村が貯水池建設をするため、現在の地に移されました。

 

石塔の画像願成寺の境内にある墓地の一番奥には、源平合戦で討ち死にした清盛の甥・通盛と妻・小宰相局、乳母の呉葉を供養する五輪の石塔があります。この寺には、小宰相局の念持仏と絵巻物が保管されています。

画像:左から住蓮(東大寺の僧、実遍の子)、通盛、小宰相局の塔。

厳島神社(いつくしまじんじゃ)

厳島神社(神戸)の画像厳島神社は願成寺から15分、歩いた所にあります。神戸高速鉄道「新開地駅」が最寄りです。
清盛は福原遷都の際、現在の兵庫区にあった港、大輪田泊(おおわだのとまり)の修築を決意。治承4年(1180年)、清盛は工事の安全とこの地に住む人々の安泰、福原の繁栄を願い、平家一族の氏神として崇敬していた「安芸ノ国厳島明神」を祀る、安芸国厳島神社を勧請しました。

 
平清盛ゆかりの地~平家の栄華をたどる~