平清盛ゆかりの地。神戸、京都、三重、広島へ。

保元・平治の乱の史跡へ|平清盛ゆかりの地を行く

このカテゴリでは、平清盛が自身の武力を朝廷や多の武士たちに大いに誇示し、後の平家武家政権を確立するターニングポイントとなった保元の乱および平治の乱の史跡をたどっていきます。

平清盛が武力を大いに誇示した保元・平治の乱

高松神明神社まずは保元の乱の際、清盛がくみした後白河天皇方の本拠地となった高松神明神社について。この戦いで清盛は、後に平治の乱で敵対することになる源義朝とともに、上皇方との戦いで活躍します。なお、この高松神明にはもう一人、歴史上の有名人ゆかりの情報もありますので、そちらもお見逃しなく。

次に平治の乱のきっかけとなった三条東殿跡について。この戦いは、先の保元の乱をきっかけに政治権力を増した後白河上皇の側近、信西を討つクーデターとして起こりました。そのきっかけとなった、藤原信頼・源義朝による後白河上皇の幽閉が行われた場所になります。

六波羅蜜寺続いて六波羅蜜寺。京都における清盛以下平氏一門の本拠地として知られ、平治の乱の際、清盛は紀州熊野から六波羅に急ぎ戻り、戦いに挑むことになります。

 

そして、平治の乱の雌雄を決した六条河原にほど近い蓮光寺について。藤原信頼・源義朝の軍勢を打ち破り、信頼を斬首した場所になります。またこの戦いから敗走した義朝が最後を迎えた、尾張の大御堂寺についても紹介しています。

 
平清盛ゆかりの地~平家の栄華をたどる~