平清盛ゆかりの地。神戸、京都、三重、広島へ。

平清盛ってどんな人?人物像を探る

平清盛の人物像を物語る「厳島信仰」

平清盛ゆかりの地として知られ、その足跡が多くのこされているのが広島です。

そこには、彼の深い信仰心の源である「厳島信仰」の存在ががうかがえます。

平清盛が厳島神社を信仰したきっかけは、夢のお告げであったと伝えられています。お告げに従い、厳島信仰を行ったところ、出世の夢が実現。そのことから、現在の寝殿造りの社殿と大鳥居を建造したのだとか。

厳島神社は、清盛をはじめとする平家一族のみならず、日宋貿易の守り神としてもあがめられ、その参拝ルートがそのまま貿易へのルートになっていったのです。

また、海上に建設された厳島神社の特異な形状は、清盛が竜宮城を再現しようとしたのではないかと伝えられており、その独自の発想力や新しいものに挑戦していこうとする彼の人物像をうかがわせるものです。

平家物語と平清盛

平家物語では、横暴な権力者、非常な野心家として描かれた平清盛ですが、実際はどのような性格だったのでしょうか?

歴史が伝えるエピソードの中には、「平治の乱の後、敵であった源頼朝の子供たち(中には牛若丸:のちの源義経)の命は救った」といった、情け深い一面をうかがわせるものもあります。

都を福原に移し、海外に目を向けた政治を行おうとしたことにも象徴されるように、新しい発想や考え方を柔軟に受け入れられる人物でもあったようです。

その証拠として、「身分の差に関係なく、どんな相手であっても一人の人物として平等に接する」といったエピソードが多数あり、その固定概念に縛られない性格がカリスマ性を生み、厳島神社の信仰心の高まりと連動して多くの人々に慕われた人物であったようです。

 
平清盛ゆかりの地~平家の栄華をたどる~