平清盛ゆかりの地。神戸、京都、三重、広島へ。

氷室神社(神戸市兵庫区)

平清盛が福原遷都の折に兵庫七弁天の一社として祀ったとされる氷室神社について、ご紹介しています。

清盛七弁天のひとつ

氷室神社氷室神社は、平清盛が深く進行していた安芸国厳島神社を観請し、福原京の周囲7カ所に祀ったもののひとつです。

この氷室神社と厳島神社、そして和田神社、真光寺、済鱗寺、恵林寺、花隈厳島神社をめぐる清盛七弁天めぐりと呼ばれる観光ルートもあり、周辺にはゆかりある寺社が数多くあります。

平家にゆかりある神社

氷室跡氷室神社と平家をつなぐエピソードは数多くのこされていて、例えば清盛の弟である教盛(のりもり)の別邸が付近にあり、後白河法王が幽閉されていたと言われています。
また、源平の合戦の際はこの地に教盛が陣取り、豊富な清水が湧くことから「陣場の井」と呼ばれていました。

そしてこの地は、平家物語でも語られる悲劇の恋愛の舞台のひとつでもあります。教盛の長男である通盛(みちもり)の弟の教経(のりつね)は、花見の席で小宰相に一目惚れし、2年間手紙を書き続けました。
その結果、一部の反対はあったもの二人はようやく結ばれ、熱烈な恋に落ちたのでした。

しかし、源平の合戦がはじまると、通盛は弟の教経とともにこの氷室神社に陣取りました。命をかけた合戦を前に死を覚悟した通盛は、小宰相をその地に呼び寄せ、別れを惜しみながら最後のときをすごしました。

そこで身籠った小宰相の姿を知った教経は、戦中恋にうつつをぬかす通盛に怒りを覚えたのでしょう、彼を責め、小宰相を帰らせます。
その翌日、通盛は戦死。その知らせを受けた小宰相は船の上でその知らせを聞き、絶望のあまりそのまま身を投げたと言われています。

 
平清盛ゆかりの地~平家の栄華をたどる~